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2008年05月14日

めまいがしたときの眼球の動かし方

めまいがしたときの一時的な対処法の続きです。

めまいがしたときは焦らず、家にいる場合はまず部屋の電気を消して真っ暗にしましょう。めまいが慢性的にする場合(初めてめまいを経験する方はまず病院で検査をしてもらったほうがいいと思いますが)めまいが原因で死んだという話は聞いたことがないので、パニックになる気持ちもよくわかりますが、冷静になりましょう。

カーテンは遮光カーテンがいいと思います。なぜならそれ以外の普通のカーテンだと家に面する通りの街灯の光がもれてくるだけで僕の場合すごく気になるからです。

それで前回のブログの続きですが、目隠し代わりにタオルを二枚用意します。タオルではなくアイマスクでためしてみたこともあるのですが顔の形に合わないものが多く、余裕がなく作られているものが多いので、光がもれてきてめまいを刺激します。タオルがベストだと思います。

ベッドに横になり目隠しした後、目を閉じたまま眼球を動かします。退院したばかりのころはやみくもに眼球を動かし何とかめまいが治まらないものかと焦ってばかりいました。1年くらい効果的な眼球の動かし方がわからなかったのですが、ある日発見しました。半円を描くように動かし、土星を真横からみたようなチカチカとした光を分散させるように動かすのがコツです。地球の上半球を想像して眼球をうごかしましょう。

その間、深呼吸をしてみるのもいいと思います。慣れるまで息が気になると思いますが、眠りについて朝目覚めればケロッとすると思います。死ぬことはありません。

めまいをくしゃみぐらいに思えるようになるには時間がかかりますが、上手につきあっていきましょう。
タグ:めまい
posted by もっくん at 14:43| Comment(0) | TrackBack(0) | 病気カテゴリ

2008年05月07日

めまいの一時的な対処法を発見した日

退院してしばらくたって、ある日の夜のことです。やはりこの日もめまいで苦しんでいたのですが、土星を真横から見たようなチカチカとした感じが気になって仕方がなかったので、手ぬぐいを目隠しにしてみようと思いつきました。

部屋は真っ暗なのですが一枚だけだとまだ商店街から漏れる街灯の光が気になるので手ぬぐいを二枚重ねて目隠しにしてベッドに横たわりました。そうすること20分。だんだんと息が苦しくなってきました。そりゃそうですよね、口と鼻が手ぬぐいでふさがれているのですもの(笑)

そこで鼻呼吸できるように手ぬぐいを鼻のあたりで鋭角に折り曲げて息ができるように工夫してみました。まだ、少し息が苦しかったのですが、多少のことはがまんがまんです。それでもチカチカとしためまいはおさまらなかったのですが、その日はそのままねむくなって寝てしまいました。

次の日の朝(というか昼まで薬のせいで起きれないのですが)はいつもケロッとしています。昨日の夜、めまいでのたうちまわっていたのはなんなんだったのだろうかと親や兄弟に不思議がられるほどケロッとしてしまします。

でも元気なのは昼間の数時間だけ。また夜になるとめまいが襲ってきます。そこでまた、昨日の夜のように部屋を真っ暗にして手ぬぐいを二枚重ねて目隠し代わりしてベッドに横たわりました。今度はまぶたを閉じたまま眼球も動かしてみました。ぐるぐると。するとチカチカとした感じの光が移動することに気がつきました。この眼球の動かし方についてはまた今度書こうと思います。
タグ:めまい
posted by もっくん at 09:53| Comment(0) | TrackBack(0) | 病気カテゴリ

2008年04月30日

退院してからの生活

退院して家に戻ってからはさすがに大学受験のことは考えなくなりました。とにかく『めまい』で苦しみそんな余裕は全くありませんでした。当時、N先生に処方してもらった薬を一日に30錠は飲んでいたと思います。

薬の副作用で一日中眠く、16時間は寝ていたと記憶しています。起きている時間の大半もめまいで苦しんでいて、将来のことを不安に感じる余裕さえなく、僕はこのまま廃人になるかもしれないな、と本気で考えるようになっていました。

めまいがするのが怖くてテレビも全く見ていませんでした。僕は音楽が好きで学生時代よく歌番組を見ていたのですが、このめまいで苦しんでいた時代は歌番組を見ていたなっかたので、この頃の歌手と歌のVTRが今テレビで流れても全くわからず、新鮮に感じることもあるくらいです。

家族も暗くなってしまいました。食事の時間になり僕が2階のリビングへ向かうとみんな僕がめまいで苦しんでいるのを知っているのでまずテレビを消してくれます。そして食べている間にめまいが襲ってきたときなどはリビングのあかりを消してくれて真っ暗な中、僕が食事を食べ終わるの見守ってくれました。

めまいを感じながらの食事というのは食事の味も感じないものです。僕が学生時代、熱心に勉強していても結局は何にもなれず、めまいで苦しんでいる姿を見ていたためか弟は進学校に通っていたのですがすっかり勉強するやる気を失ってしまい、ギターばかり弾くようにってしまいました。今考えると申し訳なさとふがいなさでいっぱいです。
タグ:めまい
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2008年04月22日

退院してからが長いんです

めまい、めまいで苦しい入院生活でしたがなんとか退院の日を迎えることができました。N先生は「退院おめでとう。でも、これからが長いんですよ。油断しないで下さいね。めまいは私が必ず治しますから、私がいいというまで必ず通院してくださいね。」とおっしゃいました。僕は『長いってどれくらいかかるんだろう。』とこれから始まる闘病生活への不安と退院できる喜びが混ざり合う感情を持っていたことを今でも、はっきりと憶えています。

永井看護師は「もう、そんなにがんばらないでね。ゆっくりやるのよ。」と励ましの言葉をかけてくれました。とてもうれしかったです。そして「オセロやってくれたこと、ずっと憶えてるから」と僕は答え、みんなに手を振り挨拶をしました。すると、あまり話をしなかった、隣のベッドで治療を受けていた洗浄脅迫の男の子がでてきてくれて、僕に手を振ってくれました。とてもうれしくて僕も振り返しました。みんな笑顔で別れの挨拶ができ、とても楽しい退院式になりました。

それから父と母と三人で車に乗り込み2ヶ月間お世話になったH病院を後にし、家へと向かいました。2ヶ月振りの我が家はとても安心できる場所でした。ところがそれもつかの間、帰ってきた途端にめまいが襲ってきました。

そのころはまだ、対処法がわからずとにかく気持ちがあせってばかりで、土星を真横からみたチカチカとしたような感じをどうする事も出来ずとん服を飲んで、ベッドに横になり、父や母が交替で添い寝をしてくれました。しかしそれでもおさまらずベッドの上でのたうちまわっていました。カーテンから漏れる商店街を照らしているライトの光でさえ気になりました。とん服は気休めでしかないと思います。めまいを一時的に早くおさめる方法はまた今度かこうとおもいます。
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2008年03月26日

母と永井看護師と辰吉丈一郎

入院中、母親は毎日りんごを持って面会に来てくれました。そのりんごがなによりおいしかったのを憶えています。相変わらず僕の頭の中は受験のことしかありませんでしたが、母親は「もう受験はあきらめなさい」と時間をかけてさとすつもりで僕と話をしていたように思います。永井看護師もときどき様子を見に来てくれました。

一度永井看護師に「なんで僕、こんなところにいるんだろう」とつい本音をつぶやいてしまったことがありました。永井看護師は無言で立ち去りしばらくして戻ってきて、「オセロやろ!」と忙しい中時間を作って遊んでくれました。何もしゃべらずオセロを夢中でしました。その時間はめまいのことを完全にわすれていました。勝敗は永井看護師の勝ち。「年の功ね」と言って二人で笑いました。孤独を感じる時間が少なくて済んだのは何より母とそして永井看護師のおかげです。本当に本当に感謝しています。

もう一つ入院中、印象に残っていることはテレビ中継されたボクシングの辰吉丈一郎の復帰戦です。網膜はく離を克服しての試合でした。患者さんみんなで見ました。看護師さんの中には「殴り合いを見るなんてよくないわ」と品のいい看護師さんもいましたがみんなで見守りました。結果は確か、薬師寺の勝ちだったと記憶しています。でも「もう引退だ」と評論家に言われていたにもかかわらず、それでもあきらめずボクシングを続けた辰吉丈一郎に自分を投影させ『僕も必ずめまいを克服して社会復帰する』と力をもらったのはっきりと憶えています。

超一流のスポーツ選手というのは時にスポーツの勝敗を超えた感動を私たちに与えてくれます。でも、運動音痴なのでやろうとはおもいません(笑)
タグ:めまい
posted by もっくん at 10:17| Comment(0) | TrackBack(0) | 病気カテゴリ

2008年03月25日

それでもこだわった受験勉強

入院生活で友達はできませんでした。左隣りのベッドに大学を休学して入院してきた20代前半ぐらいの男性がいましたが一日中ヘッドフォンをして音楽を聞いていました。のちにその男性は洗浄強迫という病気に苦しんでいるということを先生から聞いたのですが、ちょっとでも手が汚れると不潔に感じて何度も何度も手を洗いたくなるという病気です。爪がはがれそうになるまで洗い、看護師さんとせっけんのとりあいになっていたのをみかけたことがあります。

右隣りには初老の男性が入院していてお腹がすくと「プリンプリン」とつぶやいていました。ぼくはというと薬で一日16時間ぐらい寝かされ、起きている時間はめまいと頭痛に苦しんいました。

めまいのしない調子のいい時間も数時間ありましたが、いつも早く回復して受験勉強を再開しなきゃとあせっていました。一度弟に「勉強するから英語の単語帳を病院にもってこい」と電話したこともありましたが、母親に止められました。今思うとなぜあそこまで大学にこだわっていたのか不思議です。人間関係が希薄で勉強ばかりして視野が狭く価値観がとても幼稚だったからかもしれません。『いい大学をでていないと人生に価値がない』恥ずかしながらそんな風におもっていたように記憶しています。

貧しい家庭に生まれ勉強ができても大学に行けなかった人、勉強に興味がなくても頭の回転が速く仕事のできる人、不器用だけどひとつのことを毎日繰り返しその仕事をものにし懸命に生きているなどにそののち出会い『なんで学歴になんかにあんなにこだわっていたのだろう』と今は思っています。勉強も大切ですが、子供のうちにしっかりとご飯を食べる癖をつけてそしていろいろな人に出会い、さまざまな体験を積んでおくことが一番大切なように思います。健康でめまいなんかと縁がないのが一番です。
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posted by もっくん at 10:05| Comment(0) | TrackBack(0) | 病気カテゴリ

2008年03月24日

ついにめまいが来た!

初めて薬を飲んだ後、とても眠くなりベッドで横になりました。気がついたら夜という具合で『副作用は眠くなるだけか』『また、割れるほど頭が痛くなるわけじゃないんだ』と思いほっとしました。

永井看護師が現れ「夜ごはんの時間よ」と言うので食堂へ向かいました。「病院の食事は薄味であまりおいしくないのよ」と母から聞いていましたが、糖尿病で入院しているわけでもないためか味も濃くメニューも二種類から選べておいしかったのを憶えています。

患者さんのみんなで食事を取った後30分くらいたってから再び薬を飲みテレビを見ていると再び眠くなりました。永井看護師に「また、眠くなってきた」と話すと「私たち精神科の看護師は患者さんを寝かせてなんぼなのよ」と冗談まじりの笑顔で答えてくれました。

病院は9時消灯で『そんなに早く眠れるかなぁ』と思いましたが、寝る前に睡眠薬を渡され飲んだこともあってかあっという間に眠りにつきました。そして次の日の朝のことです。頭が割れるように痛いのです。

それと同時に土星を真横からみたような感じでチカチカするめまいがしました。そのめまいでそののち9年も苦しむことになるとはそのときは思いもよりませんでしたが、フラフラになりながらナースステーションまで行き宿直の看護師さんに頭痛とめまいを訴えました。

すると「まだ起きたばかりなのにつらいわね」と言い、とん服を渡してくれました。『これを飲めばつらいのが治るのか』ととん服を飲みましたが、全く症状は変わりません。頭痛はこののち入院中に治ることになるのですが、気休めのとん服を飲みながらめまいと戦うことになります。
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2008年03月22日

めまい前の人生 その7

入院日当日は太陽がギラギラ光る暑い暑い8月の終わりのことでした。両親と3人で再びH病院を訪れました。受付を済ますと「最上階までエレベーターで上がって下さい」とのことでしたので3人で向かいました。

1週間前僕に注射を打ってくれた先生が待ってくれていました。「改めまして、Nと申します。それでこちらが入院中、面倒みてくれる永井看護師(仮名)です」20代前半のとてもかわいらしい看護師でした。女性に興味がなかったわけではないですが、そのときは『これからどうなっちゃうんだろう』ということで頭がいっぱいで、かわいい看護師さんが担当だということに喜ぶ元気がありませんでした。

N先生と永井看護師に案内されて病室に入りました。6人部屋で、想像と違って窓に鉄格子もついてなく、ベッドとベッドはカーテンで仕切られ内科の病室とあまり変わりがありませんでした。すでに入院中の患者さんたちにあいさつをし、荷物を置くとN先生は「それではみなさん、診察室へどうぞ」とのことなので診察室へ向かいました。

そこでもう1度今までの経緯を話し、今だ大学にこだわり天文学者になるため受験がしたいことを話すとN先生は「それは大変な勉強が必要ですね」という反応。「そんなの無理ですよ」と言われると思っていた僕は拍子抜けしてしまったのと同時に『この人ならなんでも話せる』と思い、医者ではなく頼りになるお兄さんという印象を持つようになりました。

そしてN先生は「驚かないでくださいね。それではこれがお昼の薬です」と10錠もの薬をわたされました。とても驚いたのですが、『こんなに薬を飲まなければならないほどの病気なのか』と1週間前同様に病気というお墨付きをもらいなぜかうれしかったです。
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2008年03月21日

めまい前の人生 その6

30分くらいたつと病院へ到着しました。休日ということもあってあまり人がいませんでした。父に支えられながらゆっくりと救急の受付へ向かいました。「精神科の診察室の前で待っていて下さい」とのことでした。

父に「心療内科じゃないの?」と聞くと、「同じことだよ」と教えてくれました。しばらくたつと20代後半の色黒で背が低くがっしりとした体格のハンサムな白衣を着た先生があらわれました。「中へどうぞ」やさしいしゃべり方でした。中へ入ると先生は「どうしました?」と聞くので頭が割れそうに痛いこと、ここの病院へ来る前に心療内科で僕に内緒で薬が処方されたことなどをしゃべり、それより前の高校時代にいじめにあったこと、大学を中退して郊外で新聞配達をしながら受験勉強をしていたことなどは父に話してもらいました。

すると先生は「わかりました。つらかったですね。とりあえず今は注射を打って眠りましょう」「危険な注射じゃないので心配しなくていいですよ」と言いながら注射器を取り出しました。不安気持に襲われましたが、第一印象でこの先生なら信頼できそうだと思いましたので、身をゆだねました。注射器を打つと本当に眠くなり、それと同時に恐怖心に襲われました。「先生大丈夫ですよね?大丈夫ですよね?先生、先生、先生っー」そう言いながら気を失いました。

数時間がたち、目を覚ますと窓の外は真っ暗になっていました。麻酔が効いているのか体を動かすことができません。声を出すことはかろうじてできましたので看護師さんを呼びました。先生も一緒で「ベッドを空けておきます。来週から入院しましょう。今週は安静に家で過ごしてください。」とのことでした。入院との言葉に驚きましたが『本当に病気だったんだ』病気というお墨付きをもらったことなぜか安堵感に満たされたことを憶えています。
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2008年03月20日

めまい前の人生 その5

母と二人診療所を後にし、帰りの車の中で「もう2度と来ない。何あの先生!」僕は精神科医というものに不信感というものをもつようになりました。

その夜、家族みんなでいつものように食事をしていると母は僕に「残しちゃだめよ。きれいに食べなさい。味噌汁もちゃんと飲むのよ。」となぜかうるさく注意してきます。いつもそんなことを言わないので僕は内心『薬でも混ぜてあるのかなぁ?まさかね。』と思っていました。

その次の日のことです。弟と妹が今日は家にいるとのことだったので「みんなで映画でも見ようか!」と誘い、ビデオを借りてきて鑑賞することにしました。

そして映画が始まってしばらくたってからのことです。頭が割れるように痛くなりました。最初のうちはすぐ治るだろうと思っていたのですが、1時間がたち2に時間がたっても痛みが取れないのです。いたたまれない不安感に襲われました。弟も妹も「大丈夫?救急車呼ぶ?」と心配してくれました。

そうこうしているうちに父親が仕事が終わって帰ってきました。のたうちまわる僕に「H病院の救急センターへ行こう!すぐ車に乗れ!」やはり、父親というのは頼りになります。父と二人で病院へ向かいました。車の中で父は「ごめんな。実は心療内科の先生に言われて昨日晩御飯に薬が混ぜてあったんだ。たぶん副作用だよ。」と言うのです。僕の予感は的中していました。『あの偉そうなやぶ医者め!』そう思いましたが、父と母を責める気持ちにはなりませんでした。そうこう思っているうちにH病院の救急センターへ到着しました。
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